怒りに流されない ― ブッダの言葉から

 朝晩の空気にひんやりとした冷たさがまじるようになり、季節の移ろいを感じる頃となりましたが、皆さまはいかがお過ごしでしょうか。身も心も「けんこう」に、毎日ほとけさまに手を合わせておられますでしょうか。体調など崩されませんよう、どうぞご自愛ください。
 

 さて、私たちは日常生活の中で様々な感情の波に揺さぶられながら生きています。喜び・怒り・焦り・悲しみなど、さまざま感じることは自然なことですが、感情にのまれてしまうと、苦しみが増してしまうときがあります。そこで今回は「呼吸」を通して、自分の感情の流れを見つめ直すことについて考えてみましょう。


今月の掲示板の言葉は、『法句経』からの一節です。

怒らないことによって、怒りに打ち勝て。
善い行いによって、悪い行いに打ち勝て。
分かち合いによって、物惜しみに打ち勝て。
真実によって、虚偽に打ち勝て。
               『法句経』

 人はときに、感情のままに怒ったり、自己中心的になったり、正しく物事を見ることができなくなる時があります。お釈迦様はそんな私たちに、「怒りには怒りで返すのではなく、怒らないことで乗り越えるのだ」と教えてくれています。これは曹洞宗の「坐禅」の心にも通じています。坐禅は、自分の外側にある出来事を無理に変えようとせず、まず自分の内側の波立つ心を落ち着ける修行です。「怒りに打ち勝つ」とは、相手をねじふせる力ではなく、自分の感情に飲み込まれない強さなのです。


坐禅と呼吸 ― 感情の流れを見つめる

 坐禅は、「姿勢を正し、呼吸を調え、心を落ち着ける」実践です。心が乱れているとき、呼吸は浅く速くなり、さらに感情がかき立てられます。そこで、姿勢を調え、ゆったりとした深い呼吸を意識して坐ると、心は少しずつ静まっていきます。怒りを感じたときも、まずは一度、深く息を吸って、ゆっくりと吐く。この小さな行為が、感情の波にのまれない第一歩になります。坐禅は、この「呼吸と心の流れをつなぐ」大切な時間でもあります。
 

 気持ちの流れを、川の流れにたとえてみましょう。川の流れをどこかでせき止めると、水は行き場を失い、やがてあふれ、ついには決壊してしまいます。私たちの気持ちも同じようなものです。何か一つのことに強くこだわり、心がそこにとどまってしまうと、感情はどんどん膨らみ、あふれ出し、自分では抑えきれなくなってしまうことがあります。たとえそれが善い感情であっても、あるいは善くない感情であっても、決壊してしまえば、自分でコントロールするのは容易ではありません。感情は「川の流れ」のようなものです。無理に止めようとすればするほど、かえってあふれ出してしまうことがあります。
 「怒ると頭に血が上る」と言われるように、強い怒りは血液の流れを一気に上へと押し上げます。また、「緊張すると心臓がドキドキして呼吸が浅くなる」ように、不安や焦りは息苦しさとして現れます。こうした身体の反応は、心の流れが滞っているサインとも言えます。

 では、どのように心の流れをととのえるのでしょうか。心臓の動きや血液の流れは自分の思いでコントロール出来るものではありません。ここで大切になるのが呼吸です。呼吸のリズムと感情の波は、深くつながっていると言われます。たとえば、怒りや焦りで心が高ぶっているとき、呼吸は浅く速くなりやすいものです。 反対に、深くゆったりとした呼吸が出来ているときは、心も少しずつ静まり、落ち着きを取り戻していきます。この「感情と呼吸」のつながりに気づくことで、感情に流されるのではなく、呼吸を架け橋として心を調える道が開けてきます。

 経典に書かれた言葉は、ブッダがのこしてくれた生きるための智慧です。たとえば「怒りにのまれそうになったら、深呼吸してみる」――そんな小さな心がけも、仏さまの道を歩む大切な一歩です。
 掲示板のことばが、みなさんの一日を少しでも穏やかにし、身も心も「けんこう」に過ごすきっかけになればうれしく思います。

曹洞宗 永泉寺

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